2002年10月12日〜14日

【佐久】 佐久の岩場

関 哲郎  

◆ 日程 : 2泊3日
◆ メンバー : 関(L) 向井 島田 佐藤 他1名
◆ 参考文献  : なし
長野県の佐久市郊外に「佐久の岩場」と呼ばれている場所がある。開拓の歴史は古く、フリークライミングの岩場として手がつけられた頃には、開拓で知られる有名クライマーたちがさかんに訪れてルートを開いていったらしい。その後地元のクライマーがルートを増やし、今ではかなりの数のルートがある。爆発的に開拓がされなかった理由はここの岩場の傾斜にあるのだろうか。垂直主体で、それ以上のかぶった壁があまりない。岩も全般的にもろい。岩場の傾斜が時代のニーズに合わなかったことや、キャンプ適地が近くに無く駐車にも難があることに加えて、地主の方との微妙な交渉もあるため、今日まで雑誌や本に紹介されたことはなかった。しかし広く静かに利用され続けていて、いわゆる「誰もが知ってる秘密の岩場」となっている。長野県内では小川山に次ぐルート本数を持つかなり広範囲に渡るエリアでありながら、そういう事情で春や秋の連休でも静かな岩登りが楽しめる。

10月12日(土)

【一本杉エリア、黄昏エリア】
初日はこの岩場のメインである黄昏エリアに行くことにする。車止めには他に1台、富山ナンバーの車が停まっていた。車止めから数分で黄昏エリアに着く。私が今回目標としているルート「イエロー・キャット」が見える。堂々たる風格のルートで、下から見上げると圧倒されるものがある。今日はできればオンサイトでこれを登るつもりでやってきたのだが、しかし、見れば見るほど難しく感じてしまう。黄昏エリアの向いにある一本杉エリアで、易しいグレードから全員でアップを始めた。一本杉エリアを回り込んで行くと、日向エリアと呼ばれる新しいエリアもあるが、私の持っているトポにはルートが載っていない。見た目では、5.8〜5.10程度の易しめのルートが多いようだった。 一本杉エリアは佐久の岩場の特徴を良く表したエリアだ。いわゆる横溝状のクラックのようなホールドで、岩も荒い砂岩のようなザラザラとした感触だ。一本杉エリアは開拓が古いためだと思われるが、打ち込んであるボルトも旧式のものが多く、手製のハンガーも多く見かける。グレードが易しいからとは言え、あまり思い切った落ち方はできないルートが多い。キイロスズメ蜂が飛び回っている。きっと近くに巣があるのだろう。 午後になって黄昏エリアに移動し、いよいよ「イエロー・キャット」に手をつけることにした。グレードは5.11b。ルートの長さは25メートル近くあり、はるか上方に終了点が見える。傾斜は半分までが垂直かほんの薄かぶり、後半は垂直に若干欠ける程度。見える限りのホールドはみな小さく、特に出だし直後は難しそうである。 このルートは見栄えが良いためだと思われるが、クライミング用品の広告写真に使われていて、よく山岳雑誌の裏表紙に載っていたから、それと知らずに目にしている人はかなりいるはずだ。スカルパのクライミングシューズの広告で使っていたのがそれで、モデルのクライマーがルート核心を越えた場所でのマントリングでポーズを決めている。以前は写真の下部に小さく "SECRET AREA" の文字があった。 必要なクイック・ドローは10本。予備に2本。気合を込めてスタートした。が、すでに1手目が微妙だ。5手ほど我慢すると、指が3本ほどかかるまあまあのホールドにたどりついてレストできるが、その先に進んだところで我慢しきれずテンションしてしまった。ここの岩場のホールドは横に走るクラック状が多いため、下からいくら双眼鏡で見ても実際に触ってみないとどの程度のものなのかわからない。ルート半分のところで、遠いガバを取るところが核心に感じられた。その後は傾斜も落ちるためレストを入れて慎重に行けばなんとかなりそうだ。オンサイト狙いで取り付いたくせに、結局3テンという情けない結果になってしまったが、登れそうな感触はつかめた。テンション中にスズメ蜂が近くを飛び回っていたのが気になる。 佐藤さんが同ルートを探りにいっている間に充分休んで、いよいよ2トライ目にかかる。これで決めるつもりで、気合を入れてスタートした。まあ、スタートの時だけはいつも気合十分なのだが・・・。 ルート全体の様子がわかっていて、しかもクイック・ドローが下がった状態なので順調に核心手前まで登れた。ここを越えて、直後のレストに成功すればRPできるはずだ。右引き付けから左を目いっぱい延ばしたら、指先がガバに届いた。右に移動して、マントリングで乗り込んでレッジに立ってレスト。登れる気がしてきた。その後は、ちょっと良い体勢になるとすかさずレストを挟みつつ、じわじわ登ってついに終了点に達した。2回目で登ろうとは思っていたが、実際に登れてとても嬉しかった。上から見下ろすとビレイヤーが小さく見える。ずいぶん長いルートであることを改めて感じた。 パートナーがトップロープで「イエロー・キャット」に取り付いているとき、ついにキイロスズメ蜂が本領を発揮してきた。パートナーはルート半ばを越えたあたりでしつこく付きまとわれはじめた。「動かずにいること」、「刺激しないこと」、我々はこれ以外の対策を知らない。ただただじっとしていると、ついに奴はパートナーの顔にとまってペタペタ歩き回り、あろうことか、頭を人の鼻の穴に突っ込んで甘噛みするという行為に及んだらしい。たまらず叫んだパートナー、驚いて飛び上がったスズメ蜂、その間隙を縫って相当なスピードでロアー・ダウンさせてなんとか逃げ切ったが、危なかった。あきらかな敵とは見なされなくとも警戒対象にはなっているらしく、取り付き付近にも飛来して様子を探っている。我々はすっかり気勢を削がれ、登攀意欲が失せてしまった。奥のルートに行っていた向井さんや島田さんも戻ってきたので、少し時間は早めだが引き上げることにした。 この岩場はキャンプ場所に難があり、岩場付近はもちろん幕営禁止である。以前来たときは遠い公園に泊まった。今回は人数も多く、島田さんが大量の快適装備を用意してくれたので、後ろめたい思いをしなくて済む場所に泊まろうということになり、車で20分ほど走って荒船牧場キャンプ場へ行った。有料キャンプ場だから当然それなりに快適である。見晴らしの良いキャンプ場で、早朝の景色は抜群だった。

10月13日(日) 

【松ノ木エリア】
今日は松ノ木エリアに行くことにする。出回っているコピーのルート図には記載がないが、けや木エリアの南面に位置していて、2001年に開拓された新しいエリアだ。5.10〜5.11-の垂直主体のエリアである。トポがなくても取り付きにルート名とグレードを書いたプレートが貼り付けてある。エリアは南向きの雑木の中にあり、ボルト6〜10本の比較的長めのものが多い。 登ったルートは5〜6本なのだが、記録をとってこなかったのでなにも書けない。要するに、なかなか良かったよ、としか書きようがないのである。 1 ただ、スズメ蜂の偵察はこのエリアでも執拗に受けた。奴がくると大の大人5人が身を固くして静止し、なんとか飛び去るのを待つのだが、一人の検分が終わると次の人へ、その人に満足すると次の人へ、といった具合できりがない。それを10分間隔でやってくるものだから、こちらも岩登りどころではなくなる。ビレイ中に奴が近寄って来た時にたまたまクライマーが墜落したりすると、こちらは嫌でも動かざるをえないのだが、それを攻撃と勘違いされることだってありそうなことである。 持っていた防虫スプレーを全身にふりかけてみたら、近寄っては来ても身体から数十センチのところで嫌がって飛び去るようになった。それでやっと少しは安心して遊べるようになった。ところが、向井さんが取り付いたルートを半分ほど登った時に、少し上にあるクラックから蜂の大群が飛び出してきた。足長蜂の種類がクラックに巣をかけていたようだ。あわてて下りて被害はなかったものの、そんなこんなで昨日に引き続き全員の登攀意欲は粉砕されてしまい、すごすごと帰ることになった。 ここはとても環境の良い岩場だが、秋に来る場合蜂対策は絶対に必要だ。と言って有効な蜂対策というのは、「近寄らない」ことしか無いらしいので、つまりは「行かない」のが一番ということになりますね・・・。

10月14日(月) 

【訓練】
今日も楽しく登る予定でいたが、蜂の襲来と自分たちの体力的問題(つまり筋肉痛)で、意気があがらない。こういう日は訓練をしようということになった。島田さんがプロガイドによるレスキュー講習会を受講してきたので、内容の一部を教えてもらうことになった。 教えてもらったのは、"ラペル中に何らかの原因でロープをロックしてしまった事故者を救出する"というもの。以前山岳雑誌にシリーズで掲載されていたものなら知識としては知っているが、実際にやってみるのは初めてだ。事故者の体重でピンと張ったロープにエイト環などの下降器はセットできないから、それに代わる制動装置のようなものをセットするのだが、現場でやってみるとやはり慣れが必要だ。事故者の近くまでラペルしてからも、手早く安全に救出するには何回も練習していないとミスを起こす。ひとつひとつの技術は難しくないが、正確な手順が要求される。 沢で懸垂する機会は少なくないので、もしこのような事故が起きたときに救助できる知識と技術をもっていなければ、事故者が窒息死するのをオロオロしながら見ているだけということになりかねない。せめてリーダークラスの人には知っておいてもらいたい内容だった。 キャンプ場の立ち木を利用して訓練していたので、管理の人に笑われた。午前中しっかり(?)訓練して、淡い充実感を持ち、帰途についた。
今年も登れるルートが少し増えた。牛の歩みのようなスピードだが、わずかずつでも上達している実感は嬉しい。自分の目標としているグレードまでいけるかどうか、年齢的になかなか厳しい気もするのだが、努力するのが楽しいと思えているあいだは続けられる気がする。 何であれ、簡単には目標に到達しないほうが、長く楽しむ秘訣なのかもしれない。